日本初の本格的オーナーカー 日本の高級車の代名詞「クラウン」は、1955年1月に生を受けた。 初代はRS型と呼ばれ、トヨタ車として初めてプレス技術による大量生産方式を採用している。 外観的特徴は、2分割式のフロントガラスと観音開きのドアだ。 メカニズムもボックス型フレームにモノコック式ボディをソリッドマウント、フロントサスペンションには進歩的なダブルウィッシュボーンの独立懸架を採用するなど国際水準に挑んでいた。 58年にMCを受けRSD型となった。 封入リーフレットより
日本に自動車を広めた軽自動車 1955年に通産省が発表した国民車構想に沿う形で富士重工が58年に発表したスバル360。 合理的な移動手段として、それまでの自動車と言う概念にとらわれることなく開発されてた結果が軽自動車の枠に収まったと言える。 エンジンパワーを考慮して、卵のようなフォルムのフルモノコックボディを徹底的に軽量化して、大人4人が乗れる実用的な物としている。 「スバル360」は改良や車種追加をしながら、発表から12年もの間発売された。 封入リーフレットより
マツダの社運をかけたREカー ドイツのNSU社が開発したロータリーエンジンをいち早く技術導入した東洋工業(現マツダ)が国産初の搭載車として1967年に世に送り出したのが「コスモスポーツ」だ。 63年の東京モーターショーから毎年何らかの形でプロトが発表されてきたが、市販までに3年半と言う長い開発が要された。 独特の「エキゾチック」スタイルの2シータースポーツは、憧れの存在として人気があり、SFテレビドラマにも採用され、人気を博した。 封入リーフレットより